いろんな考え方があると思いますが、私が経験した中で一番わかりやすかったのは車の運転の例えです。
車が自分だとを想像してください。
車体が肉体(body)、行く先はハンドル−心(mind)で操作しますが、運転手−魂(spirit)がいなければエンジンさえかかりません。
車は自分自身で動いていると思っていますが、運転手(魂)が本来の自分です。
私たちは自分の脳で考えていると思っていますが、ハッとひらめく時、魂から声がしているのです。
それを自分の脳で今までの経験からそんなことはないと、否定して実行しないのです。
虫の知らせ、正夢などは魂からのメッセージです。
魂とは本来の自分です。
主人公の糸子さん(88歳)が言ってました。
『私が元気に飲み食いするだけで、みんながよろこんでくれる。
100歳が走り回ったら奇跡、末期がん患者が幸せそうに笑顔を見せたら奇跡や。』と。
そんなことが、できたら周りの人は幸せを感じるでしょうね。
奇跡はきっと、皆さんの近くにもありますよね。
あれから一年早いものだなあと思います。
そして、不思議なことに、母の3人の弟たちが、
母の亡くなった1か月以内に、2番目、3番目の弟が亡くなり、
1番目の弟も、母の一周忌の4日前に息をひきとりました。
『死ぬ』ということの意味を考えさせられる日々です。
もし、死なないとしたらどうでしょう。
治らない病気と永遠に向かいあう人もいるかもしれません。
介護にも終わりがないし、思い罪を犯した人は永久に刑務所に入っているのでしょうか?
地震でも津波でも死なない。
素晴らしいことのように思えます。
不死身であったなら・・・。
ふっと考えます。
限りがあるから、学ぶのでは・・・。
限りがあるから、次に伝えようとするのでは・・・。
限りがあるから、謙虚になれるのでは・・・。
命あるものの本能である、種の保存、継承を意味あるものにするのには
命に限りがあるからこそなのかもしれません。
よし、この人を笑顔にしてみようと思って、
まず、こちらが笑顔で、いろいろ会話をしていく中
相手の良いところを見ていくと、とても素敵な人だと気づきました。
どんどんその人のいいところが見えてきて、
不思議なことに、その店員さんの愛想が良くなっているのです。
決してその人を変えようと思ったのではなく、その人の良いところ、
・目がぱっちりしてるな〜
・しっかりしてるな〜
・センスがいいな〜
などと観ていいるうちに、愛想が良く見えてきたのです。
そうなんです、その人が愛想が悪いと思っていたのは私です。
私の見方を変えたら ⇒ 真実を観るようにしたら、
とても素敵な人だというふうにしか見えくなってしまったのです。
もちろん、その人も笑顔が素敵な人でした。
とても、良い気分でお店をでることができました。
過去の出来事に対して、
『これでよかった!』
現在に対して、
『ただただ、ありがとうございます。』
未来に対しては、
『だから、よくなる!』
と、言い切りましょう。(心から思えなくても)
これでよかった理由はあとから、考えましょう。
繰り返し繰り返し言っていると変化がおこります。
ありがとうございます。(^-^)



